知的資産のうち特許等の知的財産権による保護が可能なものは知的財産権による法的保護が必要であり、知的財産権による保護にそぐわない知的資産は、法律(不正競争防止法)や契約による保護が基本的な保護手法となります。また、人的資産については、在職する従業員自体の保護・管理が必要となり、顧客との関係等の関係資産については、可能な範囲で契約による保護が必要となります。
第三者に開示したくない技術である所謂ノウハウや顧客名簿等は、知的財産化して保護することができない類型のものです。知的財産化できない構造資産の法的な保護を図るためには、法律(不正競争防止法)に基づく保護、及び契約に基づく保護が重要となります。そのため、ノウハウの保護や顧客情報等の営業秘密の法的保護、さらには、ノウハウ等を持つ従業員、すなわち人的資産の保護として、従業員の管理等について説明させていただきます。
なお、知的資産とはどういうものか、知的資産経営、知的資産の保護の概要等につきましては、知的資産保護の概要をご覧ください。また、技術、デザイン、ブランド等の保護につきましては技術・デザイン・ブランドの保護をご覧ください。
法律による保護
不正競争防止法に基づく紛争処理というのは、ノウハウや顧客名簿といった営業秘密が取引先に対して仕入先名簿を開示したら顧客を奪われた、従業員が顧客名簿を持出し競業他社に転職した、技術ノウハウを身につけた従業員が競合他社に転職したというような局面で発生します。不正競争防止法による保護の要件をみたせば、上記の特許や商標等の知的財産権同様に民事的な救済(差止、損害賠償等)、刑事罰の適用により保護を図ることが可能となります。また、契約による保護は、法律上保護できない営業秘密を守る意味でも重要となります。
不正競争防止法上の営業秘密
近年では、営業秘密の持ち出しの事案が大々的にマスコミ等でも報道されておりますが、不正競争防止法という法律上は、保護される営業秘密について以下の要件全てを満たす必要があります。
①秘密として管理されていること(秘密管理性)
②有用な営業上又は技術上の秘密であること(有用性)
③公然と知られていないこと(非公知性)
上記①乃至③の要件を満たさない情報については不正競争防止法上保護がなされません。
①の秘密管理性については、裁判例の蓄積から情報にアクセスできる者を制限すること(アクセス制限)、情報に触れた者が秘密情報であると認識できること(客観的認識可能性)が必要であるとされております。たとえば、アクセス制限については、秘密情報に対してパスワード管理、入退室管理、鍵で施錠すること等が必要とされます。また、客観的認識可能性についても、マル秘表示をすること、秘密に関する社員教育、誓約書や就業規則における情報取り扱いの規定の存在等が考慮されます。この秘密管理性の要件については、企業規模、業態、従業員の職務、情報の性質その他の事情如何によって相対的に判断される傾向があります。一時期、裁判例ではかなり厳しい管理を要求していましたが、近年は多少管理の程度は低くても保護されるケースも出ています。
②の有用性については、保護を求める情報が公序良俗に反するようなものではなく、広い意味で商業的価値が認められる情報であればよいとされており、設計図、製法、製造ノウハウ、顧客リスト、研究活動ノウハウ等が挙げられ、他方で否定された例としては、脱法行為の指南、有害物質の垂れ流し等、反社会的活動に利用されるような情報です。また、ありふれた情報についても否定されているケースもあります。
③の非公知性としては、保有者の管理下にあり、一般手に入手できないような情報を意味し、秘密保持契約締結後に取引先に開示した情報や、部分的に公知となっている情報であっても非公知性を満たすこともあります。他方で、一般刊行物に記載されているような情報は非公知性の要件は満たしません。
具体的に不正競争防止法上の営業秘密として保護されるか否かについてご相談が必要な場合、弊所弁護士が事実関係を聴取させていただきアドバイスさせていただきます。
契約による保護
前述のとおり知的財産化になじまないノウハウや顧客情報等は、不正競争防止法による保護が認められますが、その法律上の要件は厳しく、ハードルが高いというのが実情かと思います。また、取引先に開示する情報については、秘密管理されているような情報以外の情報も開示することが多く、不正競争防止法による保護は難しいともいえます。そこで、対外的な関係の知的資産保護で重要なものは、契約による保護といえます。また内部的な関係でも、秘密保持契約や秘密保持誓約書を従業員との間で締結し、従業員に取り扱う情報が秘密情報であることを認識させ、不正競争防止法による保護の対策の一環ともなります。
契約書作成やレビューにつきましては弊所弁護士が日常的に対応しておりますので、ご希望の企業様は、お問い合わせから弊所弁護士へご連絡ください。
契約書作成の意義
最初に契約の基礎的な話となりますが、口頭であっても原則契約は成立します(法律上書面化することが求められているものものあります。)。但し、紛争が起きた場合、口頭契約では契約の存在やその内容を証明することができませんので、契約書面の作成は大原則となります。
書面作成は、紛争勃発時の証拠書類としての意義、また、履行に対する心理的強制の意義があります。心理的強制というのは、人(大企業であっても)は紙に書いてあることは否定しづらいということを意味します。
さらに知的資産保護のためには、NDA(秘密保持契約)の作成が、知的資産の漏洩防止、また開示した知的資産を目的外利用させないようするために必須となります。以下、さらにNDA(秘密保持契約)を例に契約の考え方について説明させていただきます。
NDA(秘密保持契約)
NDA(秘密保持契約)は、取引基本契約(売買、請負、業務委託等)、共同開発契約等の各条項に規定される他、何らかの取引開始前にNDA(Non-Disclosure-Agreement)が単独締結されることがあります。また、従業員との間でも秘密保持誓約書という形式等でも用いられることがあります。
NDAの役割は、法律で守られている情報は厳重に管理されている秘密情報だけであり、法律による保護が現実的でない場合が多く契約による保護を図る必要があること、また、情報の漏洩を防ぐために受領者側に秘密保持義務や目的外使用禁止を課すということにあります。NDAの問題点としては、現実にはインターネット上にある秘密保持契約書の雛形等を使用して、そのまま締結している場合が多く、開示者側と受領者側の立場を考慮せず締結されていたり、契約締結後、履行に向けた運用がなされていないといった問題があります。特に重要な点を以下に説明致します。
NDA契約で重要なのは秘密情報がどのように定義されているかです。通常、契約書では、以下のように秘密情報の定義(1項)とその除外事由(2項)から構成されています。
第○条(秘密情報) 1.本契約において秘密情報とは、一方当事者(以下「情報開示者」という。)が他方当事者(以下「情報受領者」という。)に対して、本目的のために、文書、口頭、電磁的記録媒体、製品サンプルその他開示の方法及び媒体を問わず、また、本契約締結の前後を問わず、開示した技術情報、営業情報、経営情報及びその他一切の情報を意味するものとする(以下、「秘密情報」という。) 。 2.前項の規定にかかわらず、情報受領者が以下の各号に定めるものであることを証明し得る情報は、秘密情報には含まれないものとする。 (1) 開示を受けた時点で、情報受領者が既に了知していた情報 (2) 開示を受けた時点で、既に公知であった情報 (3) 開示を受けた後に情報受領者の責めに帰すべき事由によらず公知となった情報 (4) 情報開示者に対して秘密保持義務を負うことなく正当な権限を有する第三者から、情報受領者が秘密保持義務を負うことなく適法に取得した情報 |
情報を開示する開示者側の立場にたてば、秘密情報を可能な限り広くしたいというのが当然のことであり、秘密情報の範囲について、相手方から受領する一切の情報としたり、契約締結前に開示した情報も含まれるように記載したりします。また、知的資産保護の観点から、具体的に秘密保持契約締結時点で、秘密情報として特定可能な場合には、具体的に保護を求める知的資産の内容を記載したりすることもあります。他方で、情報を受領する受領者側の立場にたてば、守秘義務等を負う秘密情報の範囲は可能な限り限定し、自ら義務を負う範囲を狭くすることが基本です。たとえば、開示される目的と関係ある情報だけに絞ったり(技術検討であれば技術情報のみ)、マル秘表示やパスワード保護さされた情報に絞ることもあります。ときどき除外事由の記載のない契約書が散見されますがが、受領者側では除外事由を記載することは必須です。
また、運用上重要なことは、開示者の立場であれば、いつ誰にどのような情報を開示したのかという記録を作成することです。後日開示を受けていないという主張を封じるためのものです。さらに、受領者側の注意事項としては、運用上、情報を受領した場合速やかに除外事由に該当する情報か否かを確認し、該当する場合にはこれを速やかに通知する必要があります。公知の情報であるということは勿論、公知ではないが自分が既に知っている情報(了知情報)であれば、これを通知しておく必要があります。後日、了知情報であることを証明するのは難しいため、トラブル発生前の段階でこれを実践すれば、トラブルになる前に解決することになります。
また、秘密保持期間についても見落としがちですが重要です。開示者側の立場では長く、受領者側の立場では短くすることが基本ですが、残存条項というのものに注意が必要です。残存条項とは、以下のような条項をいい、一見すると何が書いているのかよくわかりません。
第○条(残存条項) 本契約第2条については、期間満了後または解除後においても有効とする。 |
しかし、これを読むと、たとえば、この秘密保持契約の第2条に秘密保持義務のことが規定されているとすれば、受領者側が負う秘密保持義務については契約終了後も引き続き期間の定めなく負うということが記載されているのです。この点は見落としがちですので、この残存条項の確認は受領者側では必須となります。
このように自分が置かれた立場によって修正すべき点が異なりますので、秘密保持契約を締結する際には十分に留意が必要となります。契約書作成・チェック等につきましては、弊所弁護士が対応しておりますので、お問い合わせから弊所弁護士へご連絡ください。
保護環境(就業規則や誓約書等)の整備
ノウハウ等の営業秘密等の構造資産について法律上保護されるためには、前述のとおり不正競争防止法上の営業秘密の要件を満たす必要があります。具体的には、物理的・技術的管理として、秘密情報に対してアクセス制限をかけ、また、秘密情報であることを従業員に認識させるための人的管理を実施することは必須となります。
また、構造資産化できない従業員自体が持つノウハウ、スキル等の人的資産については、可能な限り、会社で共有できる構造資産への転換を図ることが重要ですが、それができないような場合には、人的資産を抱える従業員自体を保護する体制を構築することが必要となります。具体的には、従業員が辞めたくないような環境整備、また、退職してしまった場合でも最悪の事態を回避できる人的管理の環境整備が重要となります。
物理的・技術的管理
情報に対するアクセス制限⇒施錠や入室制限、パスワードの導入、パスワードの定期変更等
秘密情報であることの認識⇒上記の他、マル秘表示、秘密管理台帳の作成等
人的管理
秘密情報であることを認識させるための従業員管理、従業員教育・研修の実施、秘密情報を漏らさないための従業員管理、就業規則、誓約書による管理等
特に人的管理は企業運営において重要なものですが実際には管理できていないケースも散見されます。なお、以下に述べる就業規則や誓約書を活用し人的管理を行い、構造資産流出、人的資産(従業員)の流出を環境面から防ぐことは重要ですが、一番大事なのは、従業員との関係を良好にするということです。そして、それ以外にも日々の啓蒙活動(朝礼、その他適宜教育)により秘密情報の重要性を認識してもらうことです。
人的管理のご相談、また、就業規則や誓約書の作成・修正等をご希望の企業様は、お問い合わせから弊所弁護士へご連絡ください。
就業規則
就業規則は、職場での労働者の労働条件や服務規律等を定めるものですが、ノウハウ等の営業秘密等を利用した知的資産経営を目指す企業においては、知的資産の流出防止の観点から就業規則の制定は必須となります。特に、秘密保持義務、誓約書提出義務、退職金規定、競業避止義務あたりが重要となります。もっとも、就業規則に定めた義務をさらに加重する労働者との個別合意は無効となりますので、個別の書面を作成する場合も想定した上、慎重に就業規則を作成する必要があります。
たとえば、秘密保持義務では、在職中は勿論退職後の守秘義務を設けたり、秘密保持義務違反が懲戒対象となることなどが必要となり、さらに就業規則とは別に別途秘密保持規程を導入するなどして知的資産の保護を図る必要があります。また、一般的な就業規則では誓約書提出義務が規定されていないものが多いですが、誓約書提出義務の規定を導入することも考えられます。昇進時や配転時、さらには退職時に誓約書の提出を求める根拠となるものですので、かかる規定の導入は有益かと思います。
誓約書
従業員に求める秘密保持に関する誓約書は、従業員から知的資産が流出することを防止するための重要な書類です。誓約書は、従業員に対して、入社時や配転時、昇進時、退職時等において個別に従業員が会社に対して義務を認める書面であり、一般的には、入社時には誠実就労義務や秘密保持義務等が規定されたものが差し入れられ、退職時には、情報返還義務、秘密保持義務、競業避止義務等が規定されることが多いものです。
知的資産保護のためには、秘密保持義務、競業避止義務が特に重要となり、たとえば、異動や昇進時、プロジェクト開始・終了時等に、秘密保持の誓約書を差し入れてもらうというのは、秘密情報を扱っているということを従業員自身に認識してもらう意味で、また、退職時に秘密保持誓約書の差入を拒否されることもありますのでそれを代替する意味で重要であり、知的資産の流出防止のための抑止力、さらには情報流出を差止めるための根拠となり得る書面です。
なお、退職時の誓約書において競業避止義務を設ければ、退職者は競業することができず、自らに帰属している人的資産や持ち出した構造資産を使用することができず知的資産保護に資するものですが、競業避止義務については、従業員の職業選択の自由という憲法上の権利と抵触しえるものですから特に注意が必要です。具体的には、退職従業員に競業避止義務を課す場合には明示的な根拠が必要で、かつ、企業側に守るべき利益があること(ノウハウ等の知的資産の保護)を前提に、従業員の地位、義務を負う期間、場所的範囲、制限される職種、代替措置の有無、義務違反の程度等が総合的に考慮され、必要かつ相当の範囲の義務負担であれば有効となりますが、必要かつ相当な範囲を超えると無効となってしまいます。この点については多数の裁判例が存在します。
誓約書については、差し入れる時期によってその役割が異なりますので、適切な時期に適切な内容の書面を作成しておく必要があります。なお、中途採用においては、競業他社から転職してくるようなケースが多いかと思われますが、その場合、前職の業務内容如何によって、前の職場との関係で守秘義務等を負っている可能性がありますので、そのあたりは、受け入れる側として注意が必要となります。
お問い合わせ
知的資産経営法務を検討されていたり、知的資産の保護をお考えの場合、また、知的資産が流出してしまい対応を検討されている企業様におかれましては、お問い合わせから弊所弁護士へご連絡ください。