商標登録の取消を求めるのが不使用取消審判です。商標権者は、商標登録時に5年分又は10年分の登録料を支払っていますので、5年乃至10年間、特に何もしなくても権利自体は維持されます。ただ、商標法は、商標は持っているだけで価値があるのではなく、商標が使用されることで業務上の信用が化体し、これを保護することを目的とするものであり一定期間使用していない商標には業務上の信用が化体しておらず保護に値しませんので、第三者からの請求により商標権を取り消すことを可能としたのがこの不使用取消審判制度です。また、不使用商標を登録したまま放置していると第三者が新たに商標取得する際の障害となりますので取消を認めました。
たとえば、ある商標を使用して事業を開始しようとして、商標の調査をすると、第三者が既に登録商標を長期間にわたり使用していないようなケースがあります。権利者が使用していない場合であっても商標権自体は有効ですので、これを取り消しておかないと商標権侵害行為となります。この不使用を理由に取消を求める手続として利用されます。もっとも、事業を開始する前に第三者の商標権の存在に気が付けば、費用や労力の関係から、通常は商標権に抵触しないようなネーミングに変更して事業を開始することが多いため問題となることは多くありません。実際の不使用取消審判利用のケースとしては、事業を開始し、その後自ら商標出願をしたところ、同一類似の先願登録商標があるとする拒絶理由が通知されることにより第三者の商標の存在に気がつき、商標権者と交渉したが決裂したたた請求したり、商標権者から商標権侵害の警告を受けたようなケースにおいて、この相手方商標を取り消すことで、差止めを逃れるために請求することなどがあります。
審判請求の要件
不使用取消審判は何人も請求でき、その請求が認められるためには、継続して3年以上日本国内において、商標権者や使用権者のいずれもが登録商標を指定商品・指定役務について使用していない、ということが必要となります。
(1)請求主体
誰でも特許庁に対して不使用取消審判を請求することができます。一般的には、取消の結果を得て利益を得る者が請求するのが通常であり、取消請求権者を知られたくないような場合には関係者が請求する場合もあります。もっとも、商標権者を害する目的の場合、権利の濫用となる場合があります。また、使用権者が請求できるか否かという論点もありますが、不行使の特約がある等特段の事情がない限り、取消の請求権者になれるとされています。
(2)使用期間
商標の登録日から3年間は請求できず登録日から3年経過後から請求でき、使用を中止してから3年間継続して使用していなければ取消の対象となります。この3年の期間については、途中で商標権の譲渡等があった場合、譲渡人の不使用期間と譲受人の不使用期間が合算されますので、譲受人としては、商標の譲渡を受ける際、従前の譲受人の使用状況について把握しておく必要があります。
(3)使用の主体
商標権者、専用使用権者、通常使用権者のいずれもが使用していないことが必要となります。争いになった場合、商標権者の子会社や関連会社が使用しているようなケースや、商標権者が個人で、当該個人が代表を務める会社が使用しているようなケースでは、使用権許諾契約が存在しない場合でも、黙示の使用許諾があったものとして不使用取消を逃れるような場合もあります。それ故、不使用取消審判請求するに当たっては、商標権者だけでなく、その関連する会社における使用状況も事前に確認しておく必要があります。
(4)使用の範囲
登録商標と指定商品・指定役務について使用していないことが必要となります。審判請求では、具体的に取消を求める指定商品指定役務を過不足なく特定する必要があります。審判請求人の立場にたてば、商標権全体を取り消したいと思いますので全範囲を取消の対象としたいと考えることがあります。しかし、不使用取消審判を求めた指定商品の範囲の内の一つの商品での使用を商標権者側が立証すると、一部に不使用商品があったとしても審判は全体として棄却されてしまうことになります。他方で、取消を求める範囲を絞りすぎてしまうと(たとえば自社の商品と同一商品のみ取消の対象)、取り消されたとしても自社商品と類似する商品がまだ商標権として有効に存続していれば、不使用により一部商品が取り消された後であっても商標権侵害のリスクは残ります。実際の商標権では、複数の指定商品指定役務について取得されていることが多いため、不使用取消審判ではどの範囲で取消を求めるのかという点を十分に検討する必要があります。
また、登録商標を使用していることが必要であり、登録商標に類似する商標の使用では取消の対象となります。あくまで保護されるのは登録商標と同一のものです。商標法では登録商標の使用は厳密な意味で同一までは求めていませんが、書体のみに変更を加えた同一の文字からなる書体、平仮名カタカナ及び欧文字の表示を変更するものであって同一の称呼及び観念を生じる商標、外観において同視される商標等、社会通念上同一と認められるものの使用であることが必要です。
なお、商標を使用していることが必要であり、商標の使用とは指定商品・指定役務に対する使用でなければならないため、自他商品識別機能を発揮しないような態様の表示は商標の使用とは認められず(たとえば、説明文として使用)、登録商標と同一の表示を広告等に表示している場合であっても、取消の対象となることがあります。
商標権者側の対応
通常の民事事件では利益を得る立場のある者が請求を基礎づける事実を主張・立証するのですが、不使用取消審判において、登録商標を使用している事実を立証するのは商標権者側となります。使用していないという事実の立証は現実的に不可能な立証を強い得るもののですし、商標権者側の使用の立証が容易であることから、立証責任が転換されています。
商標権者は、審判請求登録時から過去3年の間に登録商標を使用していたことを立証する必要があり、この立証ができなければ原則として取り消されてしまいます。使用事実の立証としては、誰が、いつ、どのような表示を、どのような態様で使用していたのかというのを立証する必要があり書面が重要となります。また、近年ではHP上での使用も多いため、HP画面が使用証拠として提出されることも多くなっています。なお、商標権者が使用しないことについて正当な理由がある場合は取消を逃れることができます。正当な理由としては、天災事変や使用することにつき法令上の制限等がある場合、例外的に認められるケースがありますが実際は稀です。正当理由は社会通念に照らして不使用取消という制裁を加えるのが酷かどうかという点が問題になりますので、会社の内部事情を主張立証しても正当理由が認められる可能性は低いです。
商標権者が使用の事実を立証した場合、原則として審判請求は棄却されてしまいます。もっとも、商標権者側の使用が不使用取消審判請求されることを知った後の駆け込み的な使用であり、審判請求前3か月以内の使用であること、を審判請求人側で立証すれば、取り消されることもあります。商標権者が取消審判の動きを察知して、取消逃れのために使用を始めることがあるためです。商標権者が審判請求の動きを察知するのは、審判請求前に請求人から譲渡やライセンスの申出を受けたことがきっかけとなることが多いかと思われます。審判請求を考えている場合、商標権者側が審判請求されることを知ったことを後日証明するために内容証明郵便等により不使用取消審判の予告を行うことが通常行われています。なお、駆け込み使用についても正当理由があることを商標権者側で立証した場合は、この限りではありません。
請求認容の効果
不使用取消審判が認容され、それが確定すると、審判請求登録日の時点に遡って取消となりますので、商標権侵害の差止請求を求められているようなケースでは差止のための権利がないということになりますので、差止請求自体も棄却されることになります。なお、不使用取消審判の場合、権利が無効というものではなく最初から権利がなかったということにはなりませんので、理論上は審判請求登録時までは権利が有効でありその期間までの損害については認められる可能性はあります。もっとも、不使用期間中については商標権者の業務上の信用が化体していないため保護すべきものがないということになり、商標権侵害行為があったとしても損害が発生しておらず、損害賠償請求も認められないという結論になることもあります。
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